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大阪地方裁判所 昭和61年(ヨ)2138号 決定

申請人

坂井浩

右訴訟代理人弁護士

藤木邦顕

芝原明夫

被申請人

合資会社都島自動車商会

右代表者無限責任社員

高木良治

右訴訟代理人弁護士

玉生靖人

本井文夫

真鍋能久

主文

一  申請人の本件仮処分申請を却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  申請人が被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は、申請人に対し、昭和六一年五月一七日より、申請人の被申請人に対する解雇無効確認請求事件の判決確定に至るまで毎月二五日限り、金一三万九九七六円を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  申請人は、昭和五九年一月被申請人に入社し、以来タクシー乗務員として勤務してきた。

2  被申請人は、申請人を解雇したとして、申請人の就業を拒否し給与の支払いもしない。

3  申請人は、被申請人から、平均月額一三万九九七六円の給与の支払いを受けて、自らと妻及び長男の家族の生計を支えてきた。

よって、申請の趣旨記載の裁判を求める。

二  申請の理由に対する認否

申請の理由1・2の事実及び同3のうち、家族構成を認め、その余の事実は知らない。

三  被申請人の主張

1  業務命令違反等を理由とする解雇

(一) 被申請人は、同年四月一八日、事前に労働組合に通告しその同意を得、申請人に対し、退社勧告をしたうえ、勧告を受け入れない場合には予告期間を設け、解雇するとの懲戒措置をとることを決定し、同日申請人にその旨通告した(以下、「第一次解雇」という)。

第一次解雇の理由は、

〈1〉 業務指導会に出席するようにとの指示に故なく従わなかった。

〈2〉 勤務成績が不良である。

〈3〉 再々にわたり管理職に対し、暴言を吐き、職場秩序を乱した。

等の事由であり、それぞれ被申請人の就業規則(以下、「規則」という)第七八条五号「業務上の指示命令に不当に従わず、職場の秩序を乱し、又は乱そうとしたとき」、一九号「勤務成績及び業務成績の不良重なる時」、二〇号「其の他前各号に準ずる行為のあった時」に該当する。

(二) その具体的内容は次のとおりである。

(1) 申請人は、昭和六一年二月二日開催された業務指導会に出席せず、この指導会に欠席した者を対象として同年四月一六日、一七日の両日開催された業務指導会(以下、「本件指導会」という)への出席を命じられたにも拘わらず、この指導会にも出席しなかった。

申請人は、タクシー乗務員として機会あるごとに安全運転・事故防止等に留意し、そのための講習受講・教育指導を受けるよう努める義務があり、被申請人の就業規則にもその旨定められている(規則五九条、六〇条、六一条等)のである。

また、仮に申請人が、指導会には時間外手当を支給されないため、出席を拒否する正当な理由があると考えたとしても、指導会は申請人の勤務日である四月一六日にも実施され、申請人もこれを了知していたのであるから、申請人が四月一六日の指導会に出席することは可能であったのに、これについてなんら申出ることなく、いったんは、四月一七日の指導会への出席する旨述べながら、欠席した申請人の態度は、正当かつ誠実な行動とは認めがたく、現時点において、時間外手当の有無を強調して、本件業務指導の拒否を正当化しようとするのは、許されない。

(2) 申請人の水揚は低く、その営業成績は、被申請人従業員のうち、実質的には最低のものである。

(3) 申請人は、再々にわたり管理職に対し、「管理職だと思って思い上がるな、管理職なんか言うことない『おまえ』で十分だ、おまえらの言うことをいちいち聞けるか」(昭和六〇年六月二〇日運輸係長山本治通に対して)等と暴言を吐き、また事実を曲解して「交通違反をしてまで仕事をしろというのか。違反したら誰が責任を持つのだ」(同年一〇月始頃運輸係長山本昭弥に対して)等と大声で管理職に罵声をあびせる等上司の命に理由なく従わず反抗する態度が多く、かつ、かかる態度が継続的に認められた。

2  重大な経歴詐称を理由とする解雇

申請人は、昭和四二年から、同五二年二月ころまで主としてタクシー乗務員として稼働していたのにも拘わらず、被申請人に入社する際、この経歴を秘匿し、被申請人に提出した履歴書に、昭和三九年四月自営、昭和四九年一月新和工業入社、昭和五五年一二月同社退職(倒産の為)と記載し、重大な経歴を詐称したもので、右は規則七八条一三号に該当する。

よって被申請人は昭和六一年六月一八日、申請人に対し、昭和六一年二・三・四月分の平均賃金の三〇日分金一三万三八六〇円の支払いの準備をし、重大な経歴を詐称したことを理由とする懲戒解雇の意思表示(以下、「第二次解雇」という)をした。

四  被申請人の主張に対する申請人の反論

1  二月二日の業務指導会について

申請人は、昭和六一年一月末頃、二月二日午前一〇時からの会合に出席を求められたが、その際、会合では、社長の訓示があるとのことで、業務指導会であるとの説明はなく、また、時間外手当は支給されないが任意に出席してくれとの話であったため、出席しなかったものである。

仮に、二月二日の会合が、被申請人主張のとおり業務に必要な指示を与えるためであったとすれば、被申請人は、労働基準法及び労働契約に違反した業務命令を発したものであって、申請人がこれに従わなかったことを理由に解雇することはできない。

2  四月一六日、一七日の業務指導会について

申請人の勤務日である一六日に業務指導会開催の予定はなかった。仮にあったとしても、少なくとも申請人には知らされていなかった。

一七日について、内容が社長の訓示であって、時間外手当は支給されないという説明であったため出席しなかったことは二月二日の場合と同様である。

3  勤務成績不良について

申請人は入社以来、無断欠勤等もなく真面目に勤務を続けているのであって、申請人に規則七八条一九号に該当する事実があるとの主張を争う。

そもそも、タクシー乗務員については、歩合給が導入されているところからすると、営業収入の低さは歩合給の低さを反映するものといえる。とすれば、規則七八条一九号は、歩合給で補えない勤務状態の悪さがある場合に適用されると解されるところ、申請人に他の従業員に比して際だって悪い勤務ぶりがみられた事実はない。

更には被申請人従業員の中には、何の届出もなく行方不明同様に出勤しなくなる者もあったが、被申請人はこのような場合にも懲戒解雇に及んだことはなかったのであって、この点からしても、被申請人が申請人の一乗務あたりの営業収入のみを他の従業員と比較して解雇理由とすることが不当であることは明らかである。

4  管理職に対する暴言

六月二〇日の件については、乗客から言いがかりをつけられた同僚乗務員が山本治通係長から始末書を書けと責められているので、申請人が仲介に入ったもので、一〇月の件は、山本昭弥係長が違法な辻待ちを奨励するようなハイヤー配車の方針を伝達したので、申請人がこれに異議を唱えたものである。

いずれの場合も、申請人が、被申請人主張の暴言を吐いた事実はなく、やりとりが激しくなったとしても、もっぱら被申請人側の不誠実な対応に起因するものである。

5  解雇権濫用

被申請人は、申請人が四月一七日の業務指導会に出席しなかったことを契機に申請人を被申請人から排除しようと考え、翌一八日申請人に対し下車勤務を命じ、申請人が任意退職するようしむけたが、申請人が乗務を要求するため、これを拒否し、後から基準法上の要件にあわせて、五月一七日予告期間の満了の告示をしたのであるが、解雇予告期間の趣旨からして、予告期間内はそれまでの平均賃金が確保されねばならず、予告期間内に賃金の明らかな低下をきたす下車勤務を命ずることは労働基準法の潜脱行為であって、かような法令違反は、解雇の意思表示自体を無効にするものである。

6  第二次解雇について

申請人は、被申請人に提出した履歴書にタクシー乗務員としての稼働歴を記載しなかったことは事実であるが、申請人の右経歴は、申請人にタクシー乗務員としての適格性があることを示すものである。

そして、申請人は、採用時の面接で、採用担当者である瀬戸秀夫課長(当時係長。以下、「瀬戸課長」という)に対し、タクシー乗務員としての稼働歴を説明し同課長も、その事実を認めた上で申請人を採用している。

申請人が面接時に提示した免許証の裏面には、昭和四四年、いわゆる二種免許で営業車の乗務経験がない者には資格のない、優良旅客運転表彰を受けたとの記載があり、この免許証をみた瀬戸課長は、当然申請人にタクシー乗務員としての経験があったことを知っていた筈であり、現に、被申請人は申請人採用後、申請人をタクシー乗務の経験者として扱っている。

また、申請人は、以前勤務したタクシー会社において処分を受けたことはなく、タクシー乗務員としての資質に欠ける点はない。

被申請人には同盟系の交通労連傘下の労働組合があり、申請人としては、タクシー業界各社が嫌悪する自交総連での活動歴を知られたくなかったため、タクシー乗務員としての稼働歴を記載しなかったのである。

理由

一  第一次解雇について

1  当事者間に争いのない事実及び疎明によれば、被申請人主張の第一次解雇に関し、次の事実が一応認められる。

(一)  被申請人は、昭和五年設立のタクシー営業を営む合資会社である。

被申請人は、昭和六一年一月末頃、当時係長であった山本治通を通じ、申請人に対し、二月二日(日曜日)に開催予定の会合への出席を求めた。

申請人はこれに対し、会合の性質と、もし業務に関する会合であり出席が義務的なものであれば、同日が休日に当たり時間外労働となるため、時間外手当の支給の有無について尋ねたところ、会合の内容は社長との懇談会であり、時間外手当は支給されないとのことであったため、同日の会合には出席しなかった。

この、二月二日の会合には、被申請人従業員のうち、運行・整備に関わる大部分が出席し、欠席したのは申請人を含め、一七名であった。

被申請人は、同年四月一六・一七日の両日、前記二月の会合に出席しなかった者を対象に改めて同趣旨の会合を開催することとし、申請人に対しては明け番(非番)日である一七日の会合への出席を求めた。

申請人としては、同日の会合に出席するとすれば、非番日の出勤となるため、瀬戸課長等に対し、時間外手当支給の有無を確認したところ、やはり支給されないということであり、この間のやりとりでも瀬戸課長等からも会合が業務に関するものであり、会合への出席が業務命令であるとの明確な説明はなかった。

被申請人では、従前から業務指導会、安全講習会等を開催する場合、明け番(非番)者を対象として行い、時間外手当を支給したことはなかったが、欠席者を懲戒処分に付したこともなかった。

(二)  昭和六〇年一〇月から同六一年三月までの六か月間の、申請人の一乗務あたりの平均水揚げ高は、組合役員として組合から補償を得ている者を除くと最下位であるが、第一次解雇に至るまで、被申請人として申請人に対し、これを理由に懲戒処分したことがないのはもちろん、水揚げ高の低いことを特に注意して反省の機会を与えるなどの措置をとったこともなかった。

(三)  申請人は昭和六〇年六月、山本治通係長が被申請人従業員の長浜と乗客とのトラブルをめぐってやりとりをしているところに、「管理職だと思って思い上がっている。」等、口を出し、同年一〇月始め頃には、ハイヤーの配車の指示に関する伝達をした山田昭弥係長に対し、「交通違反をしてまで仕事をしろというのか。」等といったが、これらの言動については、同年中はもちろん、第一次解雇に至るまでなんらの処分を受けたことはなかった。

なお、被申請人では、無届欠勤あるいはなんら連絡もなく出社しなくなる従業員もあったが、これを理由に懲戒解雇された例はなかった。

2  以上の事実を前提に第一次解雇の効力を判断する。

(一)  規則七八条は、「懲戒は第七七条、第七八条に該当する時その軽重に応じて訓戒、減給、出勤停止、下車勤務及び懲戒解雇の五種とする。」と、同条四号は、「懲戒解雇は予め行政官庁の認定を得て予告期間を設けないで解雇する。」とそれぞれ定め、規則七八条は、左の各号に該当する時は懲戒解雇に処するとし、五号「業務上の指示命令に不当に従はず職場の秩序を乱し又は乱そうとしたとき」一九号「勤務成績及び業務成績の不良重なるとき」二〇号「其の他前各号に準ずる行為のあった時」を掲げている。

(二)  そこで、申請人の前記行為が規則の各号に該当するか否か判断する。

(1) 昭和六一年四月一七日の会合に関する経緯は前記のとおりであって、申請人に対し、業務命令として、会合へ欠席せよと命じられたとは認めがたく、申請人が会合に欠席したことをもって、規則七八条五号該当の行為と目することはできない。

(2) また、申請人の営業成績が不良であることは前記のとおりであるが、同条一九号はその文言上からも、成績不良者であって、度々注意を受けながらなおも、成績が向上しない場合に初めて適用されると解されるが、被申請人において、申請人に対し、第一次解雇に至るまでに、この事実を指摘し、その反省を促すなどの処置をとった事実はなく、申請人に同条一九号にいう「勤務成績の不良重なる」事実があったとはいえない。

(3) 申請人が昭和六〇年六月、一〇月に被申請人の管理職に対し前記の言動に及んだことは、相当とは言いがたいものの、被申請人は申請人の右言動については、当時なんらの処分を行わなかったもので、右事実からすれば、被申請人としても申請人のかような言動をさほど重大なものと考えていなかったことが窺われるのであって、申請人の右行為をもって同条二〇号に該当する事実があったとはいえない。

以上のとおり、申請人に、被申請人主張の規則各号に該当する行為があったものとは認められず、第一次解雇はその余につき判断するまでもなく無効である。

二  第二次解雇について

1  当事者間に争いのない事実及び疎明によれば、第二次解雇に関し、次の事実が一応認められる。

(一)  申請人は、昭和一四年一月一〇日出生し、同三二年高校卒業後、中外炉工業株式会社に入社し同三九年三月同社を退社、同四〇年二月大型二種免許を取得し、申請人としては、名前を明らかにしたくない会社に三か月程タクシー乗務員として勤務したが、交通事故の処理をめぐるトラブルが原因で退社し、近鉄タクシーに約二年勤務した後、同四二年一一月二八日から同五二年二月二〇日まで、大宝タクシー株式会社に勤務し(昭和四四年には優良旅客運転表彰を受けたことがあり、申請人の免許証の裏面には、昭和四四年優良旅客運転者大阪との記載がある。)ていた。

(二)  申請人は、昭和五九年一月二二日被申請人の新聞広告による求人募集に応じ、被申請人の面接を受けたが、被申請人では、従業員の採用にあたっては、タクシー乗務員としての経験のない者をできるだけ雇用する方針をとっており、経験者を雇用する場合は当然のこととして、従前の勤務先に問合わせた後採否を決することとしていた。

申請人が面接の際、被申請人に提出した履歴書(〈証拠略〉)には、職歴として、「昭和三二年四月中外炉工業株式会社入社、同三六年一二月同社退社、同三七年一月神戸製鋼株式会社入社、同三九年三月同社退社、同三九年四月自営、同四九年一月新和工業入社、同五五年一二月同社退社(倒産の為)、五六年一月藤原工務店入社、工務店を数社退社現在に至る」との記載がある。

申請人が、履歴書に前記のタクシー乗務員としての職歴を記載しなかったのは、前記の大宝タクシー株式会社での組合活動歴を知られたくないためであった。

面接を担当した瀬戸課長は、申請人に対し、自営の具体的内容を尋ねたところ、布団の販売をしており、工務店では大工をしていたとの回答であったので、右回答によって得たところを加えて、被申請人の詮衡調書(〈証拠略〉)の勤務先欄に申請人の提出した履歴書の職歴欄記載と同様に記載した。

同課長は、申請人の免許証番号(ただし、更新前のもの)を控え(このとき、申請人から免許証そのものが提示されたか、当時、免許証の更新期間中であり、免許証に代わる公安委員会作成の書面が提示されたかは、疎明上明らかでない。)、履歴書記載の従前の勤務先への問合わせをすることなく(なお、本件仮処分の審尋手続中に、被申請人が、大宝タクシー株式会社に申請人の稼働状況を問合わせたところ申請人は、同社には労働組合が存在するにも拘わらず、直接会社に苦情を持ち込み、組合の方でも敬遠していたようであるとの回答を得たが、売上については同社が答を渋ったため明確な回答は得られなかった。)、即日申請人を採用した。

申請人は、翌二三日から五日間の養成期間(この間、地理を覚えるため、同時に入社した申請外籠原と同乗して交互に運転したことがあった。)を経て、同二八日から被申請人の乗務員として稼働している。

なお、申請人が、被申請人入社後、タクシー業界のいわゆる側乗(ベテラン乗務員が、未経験者とともに営業車に乗車し、通常の営業をしながら未経験者に業務の指導をするもの)をしたことを一応認めるに足る疎明はない。

(三)  規則七八条は、「右の各号の一に該当する時は懲戒解雇に処する」とし、同条一三項に「重要な経歴を詐り其の他不正な方法を用いて雇入れられた時」との規定がある。

2  当裁判所の判断

(一)  一般に企業が労働者を採用するにあたって履歴書を提出させ、あるいは採用面接において経歴の説明を求めるのは、労働者の資質、能力、性格等を適性に評価し、当該企業の採用基準に合致するかどうかを判定する資料とするためであるから、かかる経歴についての申告を求めることは企業にとって当然のことといわなければならない。従って、その反面として、企業に採用され、継続的な契約関係に入ろうとする労働者は、当該企業から履歴書の提出を求められ、あるいは採用面接の際に経歴についての質問を受けたときは、これについて真実を告げるべき信義則上の義務があるというべきであり、これを偽り詐称することは右にいう信義則上の義務に違背するものである。

(二)  タクシー業を経営する被申請人にとっては、面接時に、申請人が過去にタクシー乗務員として稼働した事実が明らかにされていれば、その点につき調査を遂げ、申請人の能力・成績等を判断し申請人の採否の決定そのものについての重要な資料とすることが可能であったし、採用後の指導・監督についてもその容がタクシー乗務員の経験の有無により異なった可能性があったといえるが、申請人は、被申請人に提出した履歴書の職歴の記載は、前記のとおりであって、申請人はその職歴のうち採否の決定に重要な影響を及ぼすものについて、あえて記載されなかったのであって、被申請人が履歴書の提出を求めた趣旨は没却されたに等しく、申請人の経歴詐称を軽視することはできない。

そして、被申請人が、本件仮処分の審尋手続中に大宝タクシー株式会社に申請人の稼働状況等を問合わせたところ、得られた回答は前記のとおり、はかばかしいものではなかったのであって、被申請人が面接時に申請人の経歴が判明していれば、その採否はもちろんのこと、仮に採用された場合でもその指導監督についても重要な差異が生じていたものであって、申請人の経歴詐称を理由とする懲戒解雇は相当で、第二次解雇は有効である。

(三)  なお、申請人は、面接時に被申請人に提出した履歴書には、採用されない虞れがあったため、タクシー乗務員としての経歴を記載しなかったが、被申請人の面接担当者である瀬戸課長に対しては、タクシー乗務員としての経験があることを打ち明けており、被申請人としても、申請人が履歴書とは異なる職歴を有することを承知して申請人を採用し、被申請人は、採用後も申請人をタクシー乗務員の経験がある者として扱っていたと主張する。

しかしながら、瀬戸課長が、被申請人の就業規則に懲戒解雇事由として定められている、経歴詐称の事実が面接時に明らかになったにも拘わらず、申請人を採用したとすれば、同課長は、被申請人に対する重大な義務違反を犯したこととなるが、同課長が初対面の申請人に対し、右のような特別扱いをしたことについて、合理的な説明はなく(この点について、申請人は、瀬戸課長が申請人の生き方に共鳴したためだとするものの、その際の具体的なやりとりについては一切明らかにしない。〈証拠略〉)、また、申請人がいわゆる側乗をした事実は認められないのであって、申請人のこの点に関する主張は採用しがたいものである。

三  未払の賃金について

以上のとおり、業務命令違反等を理由とする第一次解雇は無効であるが、経歴詐称を理由とする第二次解雇は有効であるから、申請人は、第一次解雇の予告期間の満了した翌日である昭和六一年五月一八日から第二次解雇が有効にされた同年六月一八日までの間、被申請人の従業員たる地位を有し、その間の賃金請求権を有することとなる。

ところで、疎明によれば、被申請人は、昭和六一年二・三・四月の平均賃金の三〇日分として、金一三万三八六〇円の支払いの準備をし、受領を催告した上で、申請人に対し、第二次解雇の意思表示をしたことが一応認められ、申請人としては、少なくとも右金員の支払いは任意に受けられるものと考えられる一方、右未払賃金が過去のものであることをも考慮するならば、本件においては、賃金の仮払の必要はないものというべきである。

四  結論

申請人の、本件仮処分申請のうち、被申請人の従業員たる地位の保全を求める部分及び、昭和六一年六月一九日以降の賃金の仮払いを求める部分については、被保全権利についての、同年同月一八日までの賃金の仮払いを求める部分は、必要性についてのそれぞれ疎明がないこととなり、本件では疎明に代えて保証を立てさせるのも相当でないので、いずれも却下することとし、申請費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 丸地明子)

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